私の願い
はじめまして。
ヒプノカウンセラー&キャリアコンサルタントのMIHOKOです。
私は、大変な思いで病気を乗り越えてきた方が、その後の「第二の人生」を望みを叶えながら自分らしい人生を歩んでいくことで、病気は人生が切り替わる良いきっかけだった、あの経験があったからこそ有意義な今があると思えるようになってほしい!と思っています。
そんなふうに思えるようになるのは、今を納得して幸せに生きることができてこそ。
そのサポートができればと心から願い活動をしています。
また、奇跡は待つものではなく、自らの行動と信念によって引き寄せるものだと信じて生きています。
これは、これまでの人生の大半を病気と共に歩んできた私自身が実際に経験したことから身についた信念です。
自分の意識次第で人生は変えられる!奇跡だって起こせる!!
私たちが生まれてきたのは、決して苦しむためではなく、この人生を楽しむためのはず。
人生の最期の時に「あー、楽しかった!」と笑って終えることが私の目標。
それが、いつどのタイミングでやって来ようとも、それを叶えられるように生きようと決めています。
今までがどのような状況であったとしても、それは私たちの成長の一歩のはず。
これからの人生を自分らしく思い切り楽しんで過ごしていく♪
病気になったからこそ、それを乗り越えたからこそ、輝く今がある!と思える人生を送ってほしい。
そんな仲間を増やしたい!!と思っています。

私について
大阪市生まれ。
現在は、家の窓から関西空港の飛行機の離発着が見える場所に住んでいます。
海を眺めながら暮らしたいと憧れていた若い頃の夢が叶っています。
会社を経営する父と専業主婦の母のもとに、三人きょうだいの次女として生まれました。
長女(姉)と長男(弟)に挟まれた真ん中。お気楽な立場です。
実家の両親のサポートをしてくれている長女、長男には感謝。
お陰で私は自由にさせてもらえています。
幼い頃は、大のお父さん子として育ちました。
父が大好きで、仕事から帰ってくる時間になると毎日のように玄関先で待ち構え、父の姿が見えた途端に飛びついてピッタリくっつき離れないような子でした。
いつも父のそばについてまわり、物知りで弁が立ち物怖じしない父の交渉術を見聞きすることで、私のコミュニケーション能力の土台が築かれたのだと思っています。
幼少期は毎日男の子たちの中で走り回って遊ぶようなかなりのお転婆。また、病気のためクラブ活動はしていなかったものの足だけは速くて、小中高の運動会では運動部のメンバーを差し置いて常にリレー選手に選ばれ、第一走者かアンカーとして走っていました。コレ、子どもの頃の唯一の自慢です!
10歳の時に難病を患ったことから始まり、これまでの人生で4度の大病を経験し、病院と縁が切れることはありませんでした。
私たちは、この人生でどういう学びをするのか自ら決めて生まれてくるといわれています。
私の場合、間違いなく病気を通してさまざまなことを学び成長することをテーマに決めてきたのだと思います。
病気によってたくさんの痛みや苦しみ、辛さを経験してきたものの、私はそれらを決してネガティブには捉えていません。
そのひとつ一つは日常の中の普通の出来事であり、他の人たちが何気なく見過ごすようなことでも幸せを感じられるシーンがたくさんあって、かえってラッキーだなぁなんて思うことだってあります。
本を読むことが好きで、机の上やベッドの脇などには常に数冊の本が積み上がっています。
特に自己啓発本や脳科学、潜在意識関連の本が大好きで20代の頃から相当数を読んできました。
読んでいて気になったところにはマークをつけたり、付箋を貼ったり、直接書き込んだりして、読み終わる頃にはすっかり私仕様の参考書が出来上がっています。
そうやって身につけた知識のひとつ「宇宙の法則」に気付いてからは、病気のデパート状態の私の人生は自分で引き寄せたものだと納得するようになりました。
いつの頃からかは忘れてしまったけれど、若い頃の私は「普通の人生なんてつまらない!毎日をワクワクして生きたい。」なんてよく考えていました。
実際に私の人生は波瀾万丈。なんてドラマティックな人生。全くの退屈知らずです。
良くも悪くも私の望んだ通りの人生だったのです。
そう思うと、なんだか自分の人生がとても愛おしく大切に感じてきます。
数多くの病気も、ここまできたら私の経験に箔がついた!なんて思ってしまうところは、両親や家族、友人、医師や看護師さんたちなど多くの方々に「あなたは強い人だ」「メンタル半端ない」なんて幾度となく言われてしまうことに繋がっているのだと思います。
そして、私がラッキーだったと思うことがもうひとつ。
それは、飽き性な性格だということ。
大病だけではなく、学校では朝礼中に貧血で倒れたり、側湾症があったり、酷いアレルギー体質だったり、落馬による肋骨骨折でしばらく動けなかったり、とにかくなんだかんだと病院と縁が切れない人生。
もちろん、病気だけではなく他にも人並み以上にたくさんの大変な経験をしてきました。
奈落の底まで落ちたんじゃないかと思うほど悩み落ち込む事もあります。
けれど、すぐにその状態に飽きちゃうんです。
だから、上がってくるのがとっても早い!!
どうやら幼い頃からそうだったようで、母に叱られて泣きながら子ども部屋に閉じこもった私の様子を見にきてみると、当時大好きだったアニメ「草原のシャルロット」の歌を踊りながら歌っていたと、きょうだいからよく笑われたものです。
いつも笑っているねとよく言われますが、なんとかなるさ♪って笑っている方が楽しいでしょ。
この傾向は、白血病を経験してからより強くなったような気がします。
なんとかなるなる~🎵
私が白血病になって大きく変わったこと、それは自分を大切にするようになったことです。
まずは、自分がどうしたいのか「~すべき」の思考から「~したい」へ、頭で考えるのではなく心で考えて行動するようになりました。
現在は、「心のままに生きる」を実践しています。
周りがどう思うだとか、どんなふうに見られるだとか、誰かに忖度するだとか、常識がどうだとか(誰にとっての常識?)、ルールがどうだとか(守らなくてはならない法律や規則以外は自分で勝手に作った思い込みの縛りに過ぎない)、規則正しく暮らすとか・・・そんなことは、もうどうでもよくて。
必要のない縁は切れるだろうし、必要な縁は繋がるだろうし、余計なことに心を砕いている時間がもったいない!
私はわたし、自由でいいじゃん!!
そう考えると、これまでの自分は何て小さな世界でいつも他人の目を気にして勝手な思い込みに縛られて窮屈に生きてきたのだろうと思います。
内なる自分の「したい!」という声に素直になったことで、自分時間がとても充実しています。
そんな自分時間で楽しんでいるのは観劇と旅行♪
劇団四季のミュージカルが大好き♡
もともと好きだったものの、時間がないから、お金がかかるからなどと言い訳しては後回しにしていたことを、今は思う存分楽しんでいます。
中でも大好きNO.1は「オペラ座の怪人」で、退院してから大阪公演を4度観に行きました。

劇団四季HPより
それでも、もっと観たい!!という心の声がおさまらず、夏の横浜公演のチケットもゲットしています。
仮面舞踏会の大階段のシーンが大好きで「マスカレード🎵」が流れると一緒に歌いたくてムズムズしてきます。
旅行にも頻繁に行くようになりました。
たくさんの感動的な風景を眺めることで心に栄養補給をしていると、いつも心地よくいられます。
病気について
初めての病気は、10歳の時。
風邪気味の症状緩和のために飲んだ市販薬の影響でTEN(中毒性表皮壊死症)を発症しました。
この病気は、年間100万人に1人が発症し、死亡率は20~40%といわれています。
これまでに何度か失明の危機に見舞われ、それは完治することなく今でも常につきまとっています。
現在では難病指定されている病気ですが、当時はまだ症例が少なく珍しい症状であったため診断がくだるまでにかなり時間がかかりました。
とはいえ、私がラッキーだったのは、救急車で運ばれた小児総合病院にこの病気の知識のある医師がいたことで助けられたこと。
入院中は、点滴を入れる血管が見つからず、ようやく見つけた足の内くるぶしあたりに刺していた針がズレて点滴の液が漏れてしまうことが頻回あり、その度に打ち直し。
それもなかなか上手くいかず、あまりの痛さに医師に向かって「いったい何年、医者をやってんのよ!」と泣きながら訴えていたのを今でも思い出します。
ほんとにお転婆でした。(汗)
2度目の大病であるウェーバー・クリスチャン病(再発性熱性結節性非化膿性脂肪織炎)を発症したのは、それから10数年後。
この病気は、難病指定を検討されたものの希少疾病により症例が少なく、要件を満たしていない為にいまだ未指定だそうです。
この時もなかなか診断がくだらず、あらゆる病気の可能性を考えて様々な検査を受けました。
悪性リンパ腫や悪性腫瘍の可能性もあるとのことで受けた骨髄穿刺の検査は、この時が初体験。
今では、白血病により何度も骨髄穿刺検査は経験しているので何とも思わなくなりましたが、当時はとても怖かったのを覚えています。
数か月間の入院と退院後2年以上のステロイド服用治療を経て一旦治まったものの、5年後に再発したのが3度目の大病。
この時は、大学病院の6人部屋に入院しました。
いつも個室入院だった私は初めての大部屋を経験。
同室の他の病気の患者さん達との交流に寂しさは紛れたものの、聞きたくないこと、見たくないものがお互いに丸見えの状態が辛くなることもありました。
そして、他の方の病気に対する向き合い方や医師との関わり方を近くで見ることで、たくさんの気づきがありました。
そういえば、この頃も同室の方にあなたは強いわねと言われていたなぁ。
詳細については、そのうち記事として投稿する予定です。
この病気の時も、希少疾病にも関わらず迅速に適切な対応をしてくださった医師に巡り合えたことはラッキーでした。
これだけ色々あったのだから、そろそろ宝くじでも大当たりしなきゃ割に合わないなぁなんて思っていた時期です。
そして、4度目は急性骨髄性白血病。
2021年のクリスマスイブの日に緊急入院となりました。
天職だと思うほどに好きだったキャリアコンサルタントとしての仕事を忙しくこなす中で、自覚症状がほぼない状態でも気付くことができたのは、定期的に行っていた献血がきっかけでした。
誰かの助けになればとの思いで数年前から行っていた献血の事前検査によって異常に気付き、改めて病院に血液検査に行ったことで病気が発覚しました。
まさに、情けは人の為ならずらず。
告知を受けた時、ショックがなかったわけではないものの、常に病と共に生きてきた人生故、変に度胸が身についていたのか死と向き合う状況においても「大丈夫、何とかなる!」と心の底から信じられたこと、そして「これからも私は生きる!」と心に決めたことが病気を乗り越える大きなチカラとなりました。

無菌室でひとり。
自分自身と向き合う静かな長い長い時間。
今日さえもどうなるか分からない日々の中で、毎朝、自分で入れるコーヒーのアロマに生きている!って感じることができたなぁ。
7ヶ月に及ぶ治療は大変だったものの、白血病は私にたくさんの気付きと学びを与えてくれることになり、この病気をきっかけに起こったたくさんの奇跡のような出来事は私の人生の流れを大きく変えてくれました。
毎日を幸せに過ごせている今では、あの経験があったからこそ今があるのだと、私にとっては宝物のような経験となり白血病に対しては感謝の思いしかありません。
病気は本来の自分に戻れるチャンスを与えてくれたのです。
この経験は、私が特別だからではないはずです。
今、病気で不安の中にいるあなたもどうぞ病気からのメッセージに耳をすませてみてください。
きっと、本来のあなたの思いに気付くことができるはずです。
本来のあなたが目覚めた時、目の前の出来事が大きく変わり始めます。
私の活動について
子育てがひと段落した頃にキャリアコンサルタントの資格を取得し、さまざまな公的機関の就職相談業務に就いたり、高等学校や大学、企業などでのカウンセリング業務やセミナー、研修講師としての活動をさせていただき、あっちへこっちへと走り回っていました。
約2000人のカウンセリングと年間約100登壇のセミナーや研修をこなし、病気続きの人生の中で初めて感じたやり甲斐。
大変なことも多々あったものの、いろんな経験をさせていただける充実した毎日。
なにより、人の助けとなることができるのが嬉しくて、この仕事を天職だと信じて取り組んでいました。
これからのステップアップのために新たな資格取得を目指し勉強しながら仕事をして、子育てをして家事をして、とにかく毎日が盛りだくさんで休んでいる暇なんてないくらいでした。
そんな時、突然発症した白血病ですべてがストップの強制終了。
一時は、先がまったく見えなくなってしまったものの、白血病が私の本当に進むべき道へと導いてくれました。
退院してすぐ学びを始め、1年かけて新しい資格をいくつか取得し、ヒプノカウンセラーとして心理カウンセリングを始めました。
ここまで人生を歩んできて思うことは、起こる事すべては必然なのだということ。
どんなことも現在に繋がる大切な経験なのです。
天職だと思い取り組んでいたキャリアコンサルタントとしての仕事も、これからの道に進むために必要な経験を積み、学ぶための時間だったのです。
病気を通して気づいたこと、学んだこと、そして、私が身につけた病気に向き合う最強メンタルの作り方についてお伝えすることで誰かのチカラになることができればと思っています。
そして、自分自身の経験から完成したオリジナルの心理カウンセリングREFINE THERAPY®(リファインセラピー®)によりサポートができれば嬉しく思います。
あなたの心の中に溜まった思いをスッキリさせてみませんか。

詳細はこちらをご覧ください → https://gracias-career.com/


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